活字書体をつくる

Blog版『活字書体の仕様書』

嚮搨と双鉤填墨、臨書(形臨、意臨、背臨)

書体設計においては、どうしても一つひとつの文字の形にとらわれがちであるが、書風を見ることが大事だと思う。書風というのは、文章を組んだときの全体の雰囲気である。 筆法・結法・章法を見極めることも、すべては書風のためにある。

 基本は書写にある。楷書体だけではなくどんな書体でも書写から離れた筆法だと不自然になる。それを見極めるためには、嚮搨〔きょうとう〕、双鉤填墨〔そうこうてんぼく〕、臨書(形臨、意臨、背臨)という手法が有効なプロセスになる。

 

嚮搨と双鉤填墨

書体制作の第一段階として、まず原資料をスキャンしてアウトラインを写し取ることから始める。書道でいうところの双鉤填墨〔そうこうてんぼく〕である。場合によっては、まず嚮搨〔きょうとう〕という方法をとることもある。
嚮搨〔きょうとう〕
嚮搨とは原本を敷き写しにすることである。薄紙を上に当てて敷き写しにする複写技術で、写した人の筆癖があらわれるために原本とはちがった印象になってしまう。この方法で作られたものに『蘭亭序』の神龍半印本がある。
双鉤填墨〔そうこうてんぼく〕
もっとも忠実に原本を複製するのが、双鉤填墨という方法だ。双鉤とは文字の上に薄紙を置いて輪郭だけを線で写し取ることで、写した文字の輪郭の内側を墨で塗り同じような文字をつくることを双鉤填墨という。『喪乱帖』がこの方法でつくられたようである。
双鉤填墨法は、碑刻や板刻において輪郭を描くことによる書風の再現につながっている。活字書体設計においては、この技法の応用によって、アウトラインは合理化され、文字は公共性を持ち、可読性や判別性が高められることになる。

 

臨書(形臨、意臨、背臨)
つぎに、書道でいう臨書と同じ手法を用いる。臨書とは上達のために手本を写し取る方法で、みっつの修業段階がある。形を写し取る「形臨」、手本の心まで写し取る「意臨」、手本を見ずに書く「背臨」という段階だ。
形臨
字形を真似することに重点を置いて書く。手本にできるだけ忠実に字形や用筆法だけを模倣し、もっぱら技術面の習得を図る。

意臨
筆意を汲みとることに重点を置いて書く。作品が生まれた時代背景や作者の生き方、精神性まで模倣する。
背臨
手本を記憶した後、手本を見ないで記憶を頼りに書く。その書風を自分のものとして他の作品にも応用していく。

臨書に対し、他人の書を参考にしないで、自分で創意工夫して書くことを自運(じうん)という。