活字書体をつくる

Blog版『活字書体の仕様書』

和字書体「ほくと」の企画書2/3

3 デザイン・コンセプト

 

「ほくと」は、『新考北海道史』の「序」と「まえがき」にもちいられた活字(和字書体)を参考にして、現代の日本語の活字書体(デジタルタイプ)として使用する目的で復刻・制作する。

参考にした資料:『新考北海道史』(奥山亮著、北方書院、1950年):欣喜堂所蔵

参考:

太平洋戦争後の1946年(昭和21年)から1950年(昭和25年)までの約4年間、北海道では札幌市を中心として出版ブームが起った。このとき札幌市をはじめとする北海道各地で刊行された文芸書や教養書を「札幌版」という。

このブームは戦時中から終戦までの全国的な出版事情によるものだった。短期間ではあったが北海道の印刷会社に好景気をもたらしたという。

北海道内の新興出版社も多数設立され、活発な出版活動を開始した。とりわけ尚古堂書店の経営者・代田茂(1897-1954)は、戦後の札幌を中心とする出版ブームにおいて、すぐれた出版企画の能力を発揮している。代田による北日本社および北方書院の出版物は、推定30点あまり刊行されており、その出版物は、語学実用書、児童文芸、スポーツ、郷土史関連など多方面におよんでいる。

三田徳太郎(1886-1961)は1946年(昭和21年)12月、個人経営だった「三田印刷所」を法人組織に改組し、「興国印刷株式会社」を発足させた。北海道に出版ブームがおとずれた際には業界屈指の活動をしている。

参考文献:『思いがけないルネサンス——戦後北海道出版事情』(市立小樽文学館、1999年)など。

 

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※北方書院の出版した書物として『新考北海道史』が挙げられる。この書物に用いられた活字書体は、おそらくは母型を購入して鋳造したものだと思われる。札幌版独自のものだというのではないにしても、「和字ニュースタイル」を代表するものとして、復刻に値すると考えた。

 

4 混植を想定する漢字書体、欧字書体

 

漢字書体:「武英M」 「聚珍M」「宝玉 M」

欧字書体:「K.E. Cancer-Medium」