活字書体をつくる

Blog版『活字書体の仕様書』

和字・第3回 みちすじ

1 使用する目的

活字書体はリリースされたと同時に制作者の手を離れる。その使用は購入した人に委ねられ、いかなる媒体で、いかなる使われ方をしようが、制作者はそれを見守るしかできない。そうだとしても、ただ漠然と制作しているわけではない。使用する目的を想定して制作している。
活字書体の本道は本文用である。和字書体に特徴のある「いまりゅう」や「今宋」も本文用として制作している。賞をいただきながら実際の人気には繋がらなかったが、本文を前提として考えた書体であり、そのように調整している。
欣喜堂で制作しているほとんどの書体は本文での使用をめざしている。近代明朝体の大きな壁と、実装している字数の壁があって、実際に使われる機会は伸びないとはいえ、目的ははっきりしている。
残念なことではあるが、現実的には書籍のタイトルや商品のパッケージなどで使われることが多いのも事実である。本文用と言いながら、こういった場面で使われていることも配慮しなければならない。
時間はかかっているが、書籍のタイトルから、中見出し、ちょっとまとまったコピーへと、徐々に本文への使用に近づいている予感はしている。あきらめないで継続していきたい。
和字書体「きたりすアンチックM」は、書籍、ウェブ、広告などの本文用として制作している。


2 組み方向

日本語活字組版における組み方向は、縦組と横組がある。日本語活字組版に使用する漢字書体、和字書体は全角が基本とされているので、その配置方向を変えるだけで縦組と横組が可能になっている。
日本語活字組版における縦組と横組の割合は、ほぼ同じぐらいだと推測される。公用文や教科書、ウェブ、スマートフォンなどで横組が多くなったとはいえ、書籍、雑誌、新聞などは縦組であり、今後も併用されると予想されている。特にひらがなは縦書きから生まれたものであり、もともと横書きには不向きなのである。
活字書体を設計する際においては、縦組でも横組でも両方で使用されることを念頭に考えている。定着しなかったが、横組専用書体、縦組専用書体ということも考えられていいと思う。ただ両方可能なのだから使う側を制御できないということも理解しておかなければならない。
「いまりゅう」は横組専用書体である。縦組に必要な字種は制作していないし、横組でラインが揃うように設計している。ところが見出しで縦書きでの使用例がある。制作されていない横組用音引きを加工して縦にしてまで使っている。縦組専用書体の「今宋」もそうだ。横組用の字種は制作していないのに横組に使用している。これが現実だ。
そういう現実にひるんではいられない。欣喜堂では、市販はしていないものの、縦横兼用の「はなぶさM」に対して横組用の「よこはなぶさ」という書体を制作している。
和字書体「きたりすアンチックM」は、縦組、横組兼用として設計することにする。


3 適正タイプサイズ

手動写植機では、ひとつの字母から拡大縮小して使用するようになった。電算写植機やパーソナルコンピューターでの活字組版でも同じように、ひとつのデータから拡大縮小する。あらゆるタイプサイズでの組版が可能なのである。
電算写植機用の見本帳『タショニムフォント見本帳』(写研、2005年)に掲載されている本蘭明朝・ファミリーの大きさ(タイプサイズ)見本の中で、本蘭明朝Mは13Q–16Qの各サイズで、本蘭明朝Bは44Q–50Qの各サイズで掲載されている。
もちろん、これは見本作成上の目安にすぎないもので、このタイプサイズが推奨されているものではない。例えば、13Qの本文に本蘭明朝Mを指定し、その小見出しを同じ13Qで本蘭明朝Bを指定することも多いだろう。この場合、本蘭明朝Bは13Q–16Qでの使用を想定して設計する必要がある。逆に本蘭明朝Mを50Qで使うことだってあるだろう。その場合にも見出し用として調整する必要があるかもしれない。
欣喜堂では、試作ではあるが、本文用の「はなぶさM」に対して、小Q数用の「はなぶさルビイM」、見出し用の「はなぶさカノンM」を試作している。今後は、このようなバリエーションの展開も考えられる。
和字書体「きたりすアンチックM」は、10Q—16Qでの使用を基準に設計していくことにする。


4 設計上の要件

新潮社の文芸情報誌『波』2017年8月号、9月号に掲載された「鳥海修/あなたは今、どんな書体で読んでいますか?」では、書体選択の判断基準として「太さ」「大きさ」「大小の差」「線の抑揚」「柔らかさ」「フトコロ」「粘着度」「形の新旧」「普遍性」「濁点」という10項目を挙げて説明している。
これらは書体選択の判断基準ということだが、私は書体設計の「みちすじ」として有効なことだと思う。10項目を書体設計の仕様として考えていきたい。
※「形の新旧」「普遍性」というのは個人個人の印象によると思われるので、ここでは割愛する。

ウエイト(太さ、もしくは黒さ、強さ)

ファミリーを構成するにおいて、ウエイト(太さ)を欣喜堂では次のような10段階を設定し、必要に応じて制作している。和字書体は和語でと思ったが、ここは英語表記にせざるを得ない。

W1 Tn(シン=Thin)
W2 L(ライト=Light)
W3 M(メディウム=Medium)
W4 Tk(シック=Thick)
W5 DB(デミボールド=Demi Bold)
W6 B(ボールド=Bold)
W7 EB(エクストラボールド=Extra Bold)
W8 UB(ウルトラボールド=Ultra Bold)
W9 Bk(ブラック=Black)
W10 H(ヘビー=heavy)

 ウエイト(太さ)は相対的なものであって、筆者は和字書体のウエイト(太さ)を数値で管理したことはない。基準を決めれば出来なくはないだろうが、果たして意味のあることなのかどうか疑問である。
逆に、その数値にこだわって、全体の濃度や強さに影響を及ぼしかねないからである。とりわけ本文用で使用する場合の濃度や強さは微妙である。さらに出力の精度や印刷の状態にも左右される場合がある。色々な検証と、それを見る目を養うことが必要である。

②大きさ(ボディに対する字面の占有率)

ベタ組みの場合、ボディ同士の空間はなくても、文字と文字が接触しないようになっている。字面(タイプフェイス)はボディより小さく作られているからだ。ボディに対する字面の占有率(以下、字面率とする)が大きいほど文字間隔は狭く、占有率が小さいほど文字間隔は広くなる。
どのぐらいの大きさになっているかは、書体によって異なっている。字種によっても異なっているので一概には言えないが、全キャラクターを重ね合わせることによって、その書体の字面率の目安と数値が得られる。
和字書体の字面率は、和字書体だけの活字組版において字面と間隔のバランスで決定されるべきである。しかしながら和字書体のみの文章は、児童用など限定的である。むしろ現実的には組み合わせを想定する漢字書体との関係が影響することが大きい。
例えば、欣喜堂で制作した「はなぶさ」は漢字書体「鳳翔」や「蛍雪」との組み合わせを想定しているために字面率は小さい。これに対して漢字書体「美華」との混植を想定して制作したのが「おゝはなぶさ」である。
同じ漢字書体であっても、漢字書体と和字書体を同じ大きさにして見た目の統一感を優先するか、漢字書体に対して和字書体を控えめにして読みやすさを優先するかということでも異なってくる。
「きたりすアンチックM」は現代的な「白澤」との混植を想定しており、かつ、同じ大きさに見えるようにすることを考えているので、字面率は大きい。

 

③ 字型(大小の差/ふところ)

「大小の差」「フトコロ」を合わせて、「字型」ということにする。『神戸大学文学部紀要(通号35)』(2008年)に掲載された矢田勉氏の「近世整版印刷書体における平仮名字形の変化」で、矢田勉氏は「字型」という用語で、大小の差、縦横の比率を説明している。
多田夏生氏は『基本かなの書き方』(多田夏生著、永岡書店、2002年)では、「外形法」として「円形」「三角形」「逆三角形」「正方形」「縦長形」「横長形」の六種に分類している。「外形法」も「字型」とだいたい同じ意味で用いられている。
これらの差が大きいか小さいか、ふところが広いか狭いかで、その書体の性格が決まってくる。「きたりすアンチックM」は、大小の差は小さく、ふところが広いので、字型(外形)の差は小さいと解釈される。

④ 用筆(線の抑揚、粘着度、柔らかさ)

「線の抑揚」「粘着度」「柔らかさ」を含めて、「用筆」という用語を用いることにする。『ひらがなの書き方―附・カタカナ』(阿保直彦・相川政行編、木耳社、2012年)では、ポイントとして「字形」(前述の「字型」に相当)と「用筆」を挙げて説明している。

「線の抑揚」というのは一字の中での太くなるところと細くなるところの差であり、「粘着度」というのは脈絡の有無を言っているようだ。「柔らかさ」というのは線質が硬いのか軟らかいのかということだと思う。

「きたりすアンチックM」は、太細の差が少なく、脈絡も抑制し、硬軟中庸をめざして制作することにする。