活字書体をつくる

Blog版『活字書体の仕様書』

漢字・第3回 要件

1980年代には、TQC(Total Quality Control)活動が推進されるようになった。QCというのは品質管理のことで、QCサークル活動が活発に行われた。書体設計部門も例外ではなかった。その第一歩として漢字書体の仕様書が作成されるようになった。

和字書体、欧字書体は一人で担当することが多かったが、漢字書体は、通常は(よっぽど難しい書体でない限り)数名のスタッフで制作する。それまでも統一性を保つために説明用の資料は作られていたが、統一された書式の仕様書として作られるようになったのはこの頃からだ。

社内の統一された書式(印刷されて書き込みができるようになったもの)の用紙が漢字書体制作の仕様書としても使われるようになった。当時は手書きであった。最終的には部長決裁となり保管されているはずである。

欣喜堂では複数のスタッフで作業することがなかったので、仕様書としては作成してこなかった。提携して字種を拡張するようになった現在、記録しておくべきだったと思っている。あらためて漢字書体の仕様書の項目について考えてみたい。

 

1 適用媒介

『中文字体応用手冊Ⅰ 方正字庫1986–2017』(楊林青 主編、広西師範大学出版社、2017年)では「適用媒介」という項目で、それぞれの書体に適用する媒体を挙げている。中国語での字体とは、日本語では活字書体(字は活字、体は書体)のことである。

例えば「方正金陵」の場合には、次のような媒体である(日本語訳)。

新聞、雑誌、書籍、広報誌、広告、サイン、パッケージ

「方正龍爪」と「「方正蛍雪」は共通で、新聞、サインがなくなっている。

雑誌、書籍、広報誌、広告、パッケージ

どれも筆者が考えるよりはるかに幅広い。中国の状況はよくわからないが、万能性をアピールする狙いがあるものと思われる。何にでも使用できますとしたほうが営業的にやりやすいのだろう。

どれが中心かといえば、もちろん書籍、もしくは雑誌の本文である。欣喜堂で制作しているほとんどの書体は本文での使用をめざしている。中国でも本文書体の壁は厚く、現実的には書籍のタイトルや商品のパッケージなどの使用にとどまっている。本文用中心と言いながらも、『中文字体応用手冊Ⅰ』でも挙げられている広告やパッケージで使われていることも配慮する必要がある。

漢字書体「白澤安竹M」もまた、書籍、雑誌の本文を中心に、ウェブ、広告などでの使用を視野に入れて制作している。

 

2 組み方向

日本語活字組版における組み方向は、縦組と横組がある。中国語では横組が多くなったと言われているが、伝統的な縦組も必要とされているようだ。『中文字体応用手冊Ⅰ』でも、縦組横組両方の組見本が掲載されている。

日本語活字組版に使用する漢字書体、和字書体は全角が基本とされているので、その配置方向を変えるだけで縦組と横組が可能になっている。今後も併用されると予想されている。

漢字書体「白澤安竹M」は、縦組、横組兼用として設計することにする。

 

3 適正字

タイプサイズのことを字号という。タイプが字(活字)、サイズが号である。よくできている。中国では、字号の単位を点(point)あるいは号で表示する。42点は初号で、14.82mm角となる。

活字書体設計においてはソフトウェアの関係からポイント(point)あるいはエム(em)を使うが、日本語組版の際にはQを使うのが合理的だ。そこで、適正字号はQで表記することにする。

デジタルタイプでは、ひとつのデータから拡大縮小するので、あらゆるタイプサイズでの組版が可能だ。同じ「字重(ウエイト)」であっても、8Q–11Qの説明文(キャプション)に使用する場合、12Q–16Qの本文(テキスト)に使用する場合、18Q–28Qの副標題(サブヘッド)に使用する場合、32Q以上の標題(ディスプレイ)に使用する場合では、それぞれに適応して設計する必要があるだろうが、その需要は多くはないと思われる。

漢字書体「白澤安竹M」は、12Q–16Qの本文用での使用を基準に設計していくことにする。

 

4 設計上の要件

『中文字体応用手冊Ⅰ』には「中文字体術語」という専門用語を説明したページがある。前述の「字号」をはじめ、書体選択の判断基準として「字身・字身框」「字面・字面框」「辺距」「重心」「字形」「中宮」「字白(字谷、字腔)」「筆形(起筆、折筆、運筆、収筆)」「原始字距」「行間框」「行距」「字重」「字体家族」「字庫」「字体文件格式」「中文編嗎」の17項目を挙げて説明している。

用語の説明ということだが、筆者は、書体設計の「仕様書」に該当する項目が含まれていると思っている。

①ウエイト(字重)とファミリー(字体家族)

ファミリーを構成するにおいて、ウエイト(太さ)を欣喜堂では次のような一〇段階を設定し、必要に応じて制作している。漢字書体は漢字表記でと思い、中国での表記を順番に当てはめてみた。

W1 Tn(シン=Thin) 紆

W2 L(ライト=Light) 細

W3 M(メディウム=Medium) 准

W4 Tk(シック=Thick) 中

W5 DB(デミボールド=Demi Bold) 中粗

W6 B(ボールド=Bold) 粗

W7 EB(エクストラボールド=Extra Bold) 大

W8 UB(ウルトラボールド=Ultra Bold) 特

W9 Bk(ブラック=Black) 超

W10 H(ヘビー=Heavy)

 ウエイト(太さ)は相対的なものであって、筆者は和字書体のウエイト(太さ)を数値で管理したことはない。基準を決めれば出来なくはないだろうが、果たして意味のあることなのかどうか疑問である。

逆に、その数値にこだわって、全体の濃度や強さに影響を及ぼしかねないからである。とりわけ本文用で使用する場合の濃度や強さは微妙である。さらに出力の精度や印刷の状態にも左右される場合がある。色々な検証と、それを見る目を養うことが必要である。

②章法――ボディ(字身)とタイプフェイス(字面)

字身はボディ、字身框はボディ枠のこと。字面(タイプフェイス)は、文字と文字が接触しないように字身框より小さく作られている。字面以外の部分が「字白(字谷、字腔)」である。

字身框と字面框のアキを辺距(サイドベアリング)といっている。原始字距(レタースペース)は並べられた2文字の辺距を合わせたもの。字身框に対する字面框の占有率が大きいほどレタースペースは狭く、小さいほど広くなる。

字身框に対する字面框の占有率がどのぐらいかは、書体によって異なっている。『中文字体応用手冊Ⅰ』では四書体の「国」という字で字面率を比較しており、その書体の字面率の目安と数値が得られる。

『中文字体応用手冊Ⅰ』でいう「重心」、『方正字庫二零一零』(北京北大方正電子有限公司、2010年)で図示している「重心平穏」は、「整列」「姿勢」として捉え直している。

「白澤安竹M」は現代的で同じ大きさに見えるようにすることを考えているので、字面率は大きく設定している。

③結法――「中宮」、「字体基本形状」と「字体空間結構」

結法として『中文字体応用手冊Ⅰ』では「宮」という字を例に「中宮」を説明している。欣喜堂ではこれを「抱懐」と言っている。『方正字庫二零一零』の「字体基本形状」は「概形」と言っている。文字の骨格のことを「字形」としているが、造形的な観点から「整斉」、「参差」という項目を設定している。

『方正字庫二零一零』では「字体空間結構」、さらに「大小均匀」「分布合理」「左緊右松」「上下対准」「上緊下松」「上小下大」などの図が挙げられている。これらを欣喜堂では「結構三十六法」としてまとめているが、それぞれの書体で必要に応じて説明することにしている。

④筆法――「筆形」、「基本筆劃」

筆法について、『中文字体応用手冊Ⅰ』では「筆形」として、起筆・運筆・収筆および折筆を挙げている。欣喜堂では、これらを含めて「十字二法」あるいは「三字三法」、「川字三法」のなかで触れるようにしている。

また、『方正字庫二零一零』(北京北大方正電子有限公司、2010年)では、「字体基本筆劃」として、点・横・竪・撤・捺・挑・鉤・折の八筆画を挙げて説明しているが、欣喜堂では、伝統的な「永字八法」で説明している。

「永字八法」を補足、追加するのが「補足十二法」と「追加十二則」であるが、詳細になりすぎて要点が分かりづらくなるようだ。その書体の必要に応じて説明する。もちろん用語の説明ではなく、その書体がどのような考え方で、どのような筆法になるかを明らかにする。