欧字・第3回 スペシフケーション
1 使用目的
日本国内において、例えば博物館や美術館、観光地の案内リーフレットでは、英語版のほかに、フランス語版、ドイツ語版、イタリア語版、スペイン語版、ポルトガル語版が作られているのを見かける。それらは欧字書体で組まれている。
欧字書体は欧米各国語を組むために制作している。言うまでもなく、欧米各国のタイプファウンダリーで相当数の欧字書体が販売され、今でも開発され続けている。日本国内でもこれらの欧字書体を使うことは可能だし、むしろその書体を使う方が望ましい。
日本語においてはローマ字表記で使うことは少なく、同じ文字列で和字書体、漢字書体とともに欧字書体も混植することが多い。そうなると、和字書体、漢字書体と調和させるという条件が追加される。かつては既成の(欧米でデザインされた)欧字書体の中から選択して組み合わせていたが、次第に、新しく設計されるようになっていった。
欣喜堂で制作している欧字書体は、日本語の文字列で和字書体、漢字書体とともに混植することを第一の使用目的だと考えて、日本語の文字列に対応させていくように調整している。その上で、博物館や美術館、観光地の案内リーフレットなど、欧米各国語で使用できることを念頭において制作している。
「Vrijheid Slab Medium」は新刻であるが、日本語の文字列で使うことを主目的として、欧米各国語の活字組版にも耐えられる欧字書体をめざしている。
2 プロポーショナル・ピッチとフル・ピッチ
欧字書体はキャラクラーごとに字幅(width)を設定したプロポーショナル・ピッチ・フォント(Proportional-pitch font)であるが、日本語活字組版においては、おもに記号として用いるための字幅を全角固定にしたフル・ピッチ・フォント(full-pitch font)の欧字書体も制作する。
プロポーショナル・ピッチとフル・ピッチは、日本語組版での縦組を意識して、別の書体にして制作している場合も見受けられるが、欣喜堂の場合は、字幅が異なるだけで同じ書体にしている。縦組、横組兼用である。
記号用として、ラテン文字(Latin Glyphs)のほかに、ギリシャ文字(Greek Glyphs)とキリル文字(Cyrillic Glyphs)のフル・ピッチも必要である。日本語フォントではフル・ピッチのみだが、文章を組んだ状態で検討するためにプロポーショナル・ピッチでも制作している。
3 タイプサイズ
活字の高さのことをタイプサイズという。現在は、金属活字由来のpointと、日本の写真植字由来のQで表される。タイプサイズと同じ字幅を1emという。たとえば12ptの時の1emは一辺が12ptの正方形、24ptの時の1emは一辺が24ptの正方形である。日本では全角ともいう。半角はenである。
デジタルタイプでは、ひとつのデータから拡大縮小するので、あらゆるタイプサイズでの組版が可能だが、同じウエイトであっても使用するタイプサイズに応じてデザインを調整している欧字書体がある。例えば、小林章氏によるFF Cliffordでは次のような区分で設計されている。
FF Clifford Six (6pt)
FF Clifford Nine (9pt)
FF Clifford Eighteen (18pt)
日本語フォントでも、それぞれに適応して設計することが理想だが、現在のところ、その需要は多くはないと思われる。欣喜堂の場合、欧字書体のみで展開していくことは考えていない。
「Vrijheid Slab Medium」は、和字書体「きたりすアンチックM」、漢字書体「白澤安竹M」と同じく、12Q—16Qでの使用を基準に設計していくことにする。
4 設計上の要件
日本語としての使用では同じ文字列で和字書体、漢字書体とともに欧字書体も混植することが前提となるので、設計上の要件もその方向で考えていく。束縛があることで、逆にやりやすいということもある。
①ウエイトとファミリー
欣喜堂ではWeight(ウエイト=太さ)を和字書体、漢字書体に合わせて、次のような10段階に設定し、必要に応じて制作している。
W3をRegularに、W4を Mediumにすべきだったのか、BlackとHeavyの順番はどうなのか悩ましいところである。
W1 Thin
W2 Light
W3 Medium
W4 Thick
W5 Demi Bold
W6 Bold
W7 Extra Bold
W8 Ultra Bold
W9 Black
W10 Heavy
それぞれのウエイトで、和字書体と漢字書体に対して、どのぐらいの太さにするのか。決まっていることはない。全体の濃度や強さを見て判断しなければならない。いろいろな検証を繰り返すのである。
②ラインとウィドゥスとスペーシング
欧字書体に書かれた書物でよく出てくる図版がある。実際には印刷されないが、書体設計の上でも活字組版の上でも重要なことである。
そのひとつは、「ライン(line=並び線)とハイト(height=高さ)」を示したものである。ラインのうちでも基本になるのはベースライン(baseline)だ。横組の場合、和字書体、漢字書体と並べて違和感のないように設定しなければならない。次に決めるのが大文字の高さを決めるキャップハイト(cap-height)とキャップライン(cap-line)である。
続いて、小文字xの高さを決めるエックスハイト(x-height)とその上部の並び線ミーンライン(line)を決める。小文字bなどのようにミーンラインよりも上に伸びた部分であるアセンダー(ascender)と、小文字Pなどのようにベースラインより下に伸びた部分であるディセンダー(descender)、それぞれの並び線であるアセンダーライン、ディセンダーラインを設定していく。
もうひとつがタイプサイズに対するウィドゥス(width=活字の幅)である。ウィドゥスは、タイプフェイスに左右のサイドベアリングを合わせたものである。ウィドゥスは、一字一字のプロポーションに合わせて設定していく。サイドベアリングの幅がスペーシングを決定していくので、欧字書体においては重要である。
ラインとウィドゥスの設定は、原資料と元に、漢字書体、和字書体との調和を図るということになる。目安として、大文字はHOV、小文字はhovの数値を記録しておくことにしている。
③エレメント
欧字書体の実際に印刷される部分、目に見えるところは、「エレメント(Element)」として図解している。多くは用語の説明にとどまっている。
このうち、ステム(stem=大文字のHや小文字のnなどの直線部分の画線)、ボウル(bowl=大文字のOや小文字のbなどの曲線部分の画線)、セリフ(serif=文字のストロークの端にある小さな飾り)については、その欧字書体の特徴を表わしていることが多い。
その書体がどのような考え方で、どのようなエレメントになるかを明らかにすることが重要である。