活字書体をつくる

Blog版『活字書体の仕様書』

和字書体・漢字書体・欧字書体

日本語書体は、おもに、和字・漢字・欧字の三つの文字体系で構成されている。中国語では漢字が中心である。西欧の各国語は欧字(ラテン文字)が中心である。

日本語書体を設計するときには、これを全部作るのであるが、欣喜堂では和字書体がベースで、漢字書体、欧字書体を組み合わせている。和字だけの書体もある。

 

和字書体

ひらがな・カタカナのことを「和字」と呼ぶ。「かな」というのが一般的になっているが、漢字で書くと「仮名」、仮の文字ということになってしまう。欣喜堂では漢字に対して和字というようにしている。

和字というのは辞書にも載っている。手元にある辞書3冊で調べてみた。『岩波国語辞典』第八版(西尾実ほか編、岩波書店、2019年)、『新明解国語辞典』第七版(山田忠雄柴田武ほか編、三省堂、2012年)、『旺文社国語辞典』第十一版(山口明穂・和田利政・池田和臣編、旺文社、2013年)である。

 

『岩波国語辞典』第八版

わじ【和字】→こくじ(国字)⑵⑶

※第四版では説明文があったが、第八版では国字の項にまとめられた。ちなみに第四版の説明文では「①かな②日本で作った漢字。国字」となっていた。これは、第八版の「こくじ(国字)②③」とほぼ同じである。

 

新明解国語辞典』第六版

わじ【和字】

「国字①」としてのかな。

 ※ちなみに、国字①には「国語を表記するのに最も一般的だと認められている文字。〔日本では漢字とかな。また、かつてはかなを指した〕」と書かれている。

 

『旺文社国語辞典』第十一版

わじ【和字】

①仮名

②日本で作られた漢字。国字。

 

広辞苑』での「和字」の意味は、①として「日本の文字。かな」となっている。ひらがなとカタカナを総称したものと理解できる。②の意味として「日本で作った漢字」とあるが、紛らわしいので、もっぱら①の意味で使うようにしている。②の意味では「和製漢字」ということにしている。

今はあまり使われていないのか、最近の辞書では「和字」を立項していないのもある。筆者は、漢字に対して和字を用いるようにしている。仮名という用語は真名に対応しているのだが、いつまでも「仮の」ということには少なからず抵抗があるからだ。

 

活字書体としての和字書体は、フォントとして、ひらがなとカタカナの他に約物、区切り記号なども含めている。和字書体のみで文章を組むときには、約物や区切り記号も必要になるからである。

欣喜堂では、和字書体と漢字書体は対等である。例えば「漢字書体の金陵に和字書体三種を従属させて……」と紹介されているのを見かけるが、これは残念なことだと思っている。

実際に、まず和字書体として発売し、次に漢字書体と欧字書体を組み合わせた日本語書体として発売しているのである。和字書体は単なるバリエーションではない。

  

漢字書体

 漢字は中国語の文字であることが、国語辞典では明確に書かれている。「漢字」は中国語でも漢字と言う。

 

『岩波国語辞典』第八版

かんじ【漢字】

漢民族で発生し、発達した表意文字

 ※第四版に書かれていた「現在、中国・日本で使われている」という説明がなくなっている。

 

新明解国語辞典』第七版

かんじ【漢字】

本来中国語を表記するものとして漢民族の間で用いられて来た文字。表意的用法、表音的用法などがある。真名。本字。

 

 『旺文社国語辞典』第十一版

かんじ【漢字】

中国で作られた表意文字。一字が一語を表すため「表語文字」ともいう。また、それをまねて日本で作った文字。真名。本字。

 

 いずれの国語辞典でも中国語の文字であることが書かれているが、その上で、日本語でも大きな柱になっているとしている。欣喜堂で制作している漢字書体は日本語用である。

漢字書体だけで日本語の文章を組むことは頼山陽夏目漱石の書いた日本漢文などに限られるが、書籍のタイトルや住所表示、地名、駅名、社名、人名など漢字書体だけで構成される場面は相当多いのである。

 

欧字書体(ローマ字書体)

「欧字」を立項している国語辞典は少ない。手元の国語辞典では『岩波国語辞典』だけである。

 

『岩波国語辞典』第八版

おうじ【欧字】

ヨーロッパで使用される文字。特に、ローマ字。

 ※「特に、ローマ字」と書いてあるのは、文字の系列が違うギリシャ文字キリル文字が含まれるからだろうか。

 

他の国語辞典では、「欧字」は立項されておらず、代わりに「ローマ字」を立項している。

 

『岩波国語辞典』第八版

ローマじ【ローマ字】

古代ローマラテン語を書き表すために用いられ、現在世界で広く行われている表音文字

②ローマ字綴りの略。ローマ字⑴を用いた日本語の表記法。訓令式ヘボン式など、いくつかの方法がある。

 

 『新明解国語辞典』第七版

ローマじ【ローマ字】

古代ローマラテン語を書き表すための文字として成立し、今、欧米各国をはじめ世界の諸国で使っている表音文字ラテン文字

②〔ローマ字つづり⑤〕ローマ字で日本語をつづること(方法)。

 

 『旺文社国語辞典』第十一版

ローマじ【ローマ字】

古代ローマで用いられたラテン語を書き表すための表音文字。現在欧米で一般に用いられている文字。ラテン文字

②「ローマ字つづり」の略。

 

 一般的にはローマ字と言われるのであるが、欣喜堂では、和字、漢字に合わせて、欧字ということにしている。

もちろん欧字書体はヨーロッパの各国語の文章(欧文)を組むためのものであるが、日本語を組むこともできる。日本語のローマ字表記である。日本語のローマ字表記、すなわち欧字書体だけで組む日本語の文章は学校教育以外で見かけることは少ないが、地名、人名などでローマ字表記を併記する場合は多い。欧字書体も日本語には必要なのである。